おしろめぐりねこ「さくら」が全国のおしろを訪ねつつ、お墓参りをしたり野球を観たりお馬を見たりたばこを吸ったりチョロQを買ったり…。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
雪だらけでしたが喜多方市内の城館を訪問。
昨日は休みでしたが、
奥さんから『大人しくしててね』と言われましたので、
午前中は言いつけ通り大人しくしておりました(子どもか)。

しかしお昼過ぎにたばこを買いに外出したところ、
自宅でごろごろしてるのは勿体無いくらいの良い天気。
奥さんにりんの帰宅までにはウチに戻ることを条件に、
喜多方市内に出掛ける許可を貰いました(子どもか)。

このところまとまった降雪も無く平地の雪はだいぶ消えているので、
「喜多方市史」を片手に山城を攻めてやろう!と思いましたが、
そう上手くはいかないモノでしたよ…(^-^;

***

【五分一館山城】
20100224_gobuichi_jou.jpg
福島県喜多方市
五分一集落の大用寺の裏、
五分一スキー場跡地の西側丘陵上に所在する。
この城の記載がある唯一の資料は、
ベイスターズのエースと同姓同名の方が所蔵しているらしいですが、
由来などの記載は無く詳細は不明の様です。

【細谷館山城】
20100224_hosoya_jou.jpg
福島県喜多方市
細谷集落の西方丘陵上、字館山に所在する山城だが、
文献資料上には見られない城館である。
なお細谷集落内には居館跡は確認されておらず、
隣接する岩沢集落には岩沢館が所在するそうですが、
両者の結び付きを示す資料、伝承は伝わっていない様です。

【譲屋館】
20100224_yuzuriya_date.jpg
福島県喜多方市
譲屋集落と濁川とのほぼ中間地点に所在するが、
現在は圃場整備後の水田面となり遺構は全く存在しない。
なお館跡推定地及び北側にそれぞれ館跡、館之北の小字名が残るが、
この地に城館があったことを示す伝承は確認されていない。
しかし雪景色だと尚更判りませんね(^-^;
因みに道路の先の左側に見える丘陵は青山城です。

【青山城】
20100224_aoyama_jou01.jpg20100224_aoyama_jou02.jpg
福島県喜多方市
蘆名氏一族の佐原五郎左衛門尉盛時が築いた城として、
会津の城館ではそこそこ有名な青山城。
わたしもちょこちょこ訪れていますが、
どうしても目を向けてしまうのは西城と北ノ郭ばかり。
つーことで今回は、
西城南端の外郭線と推定される五郎神社に詣でて来ました。
なお右画像が五郎神社参道より撮影した青山城(西城)でございます。

【黒瀬館】
20100224_kurose_date.jpg
福島県喜多方市
国道121号線旧道沿、平沢-治里集落中間の西側丘陵上に所在する。
天正年間(1573-92)会津侵攻を図る伊達氏が篝場を構え、
黒川城(若松城)の変を窺ったとされる。
今回は東側の旧国道を通って行ってみましたが、
採石の為でしょうか大きく破壊されている様です。
大手は館跡南西の杉山集落方面だった様ですので、
次回はそちらから接近してみたいと思います。
…しかし「発破作業」云々の看板が立てられてるんだよな~。
登っててどかーん!とか来られたらやだなあ…(>_<)

【八森山城】
20100224_hachimoriyama_jou.jpg
福島県喜多方市
天正年間(1573-92)伊達政宗の会津侵攻に際し、
蘆名氏家臣遠藤助兵衛が柵を設けてこれを防いだという。
なお遠藤氏は後述する上岩崎館主として名が見られる。
こちらも今回接近した旧国道側では無く、
南西の長窪集落側が大手だった模様(>_<)
時間が迫っていたのでそちらには廻りませんでしたので、
次回雪が消える頃合いを見て再訪したいと思います。

【上岩崎館】
20100224_kamiiwasaki_date.jpg
福島県喜多方市
大永年間(1521-28)遠藤助兵衛(大隅)が築いたとされる。
遠藤氏は蘆名氏家臣であり、
天正年間(1573-92)伊達政宗の会津侵攻に際し、
前述の八森山城を築いてこれを防いだという。
現在は宅地となっていますが、
旧国道121号線側となる東辺の土塁、堀が良好に残っています。

***

画像を見て頂くとお判りになるかと思いますが、
今回訪問した喜多方市北部はまだまだ雪が残っておりました。

喜多方市中心部付近はだいぶ雪が無くなっており、
「そちらより若干雪が多いくらいだべ~」とタカを括っていましたが、
やっぱり奥羽山脈を侮ってはイカンのですね…(>_<)

しかしながら今回場所確認をした山城は、
喜多方市史に縄張図が載っているお城ばかり。
雪が融けてくまと遭遇しそうな時季(-_-)を狙い、
是非とも再訪して参ります~(^-^)ノ
スポンサーサイト

テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

暫く放置していた画像を追加~。
暫く更新していなかったので、
追加するタイミングを逸した画像が幾つか(^-^;
取り敢えずアップだけしておこう。

***

まずは さくら の画像♪
20090602_sakura.jpg20090702_sakura.jpg
うーん、かわいいなあo(^-^)o


続いては楽天イーグルス利府球場にて撮影させて頂いた、
20090610_fukumoto.jpg
シーレックススタッフの 福本マコリンペン
現役時代ファンでしたモノで(^-^)ノ


さらにクリネックススタジアム宮城で撮影した、
20090613_rin1.jpg20090613_rin2.jpg
りんでございます(^-^)
やっぱり宮城県人なら中根ファンじゃなきゃです!


最後は「有名人とツーショット」シリーズ、
20090614_masamune.jpg20090614_rin.jpg
我が殿 伊達政宗 公に初御目見え、
さらにベイスターズナビゲーター ケチャップ 氏と♪

***

以上、何ともまとまらないまま記事終了(^-^;

テーマ:日記 - ジャンル:日記

裏磐梯の山城を攻める!
先月30日、地元北塩原村で「せいじんセミナー」なるものが実施され、
小谷山城(桧原城)散策とのことなので参加して来ました。
一昨年9月にもあるイベントに家族で参加、散策して参りましたが、
1年半振りの今回は平日ということもあり1人での参加でした。

朝9時に村役場前でバスに乗車すると、
参加者は約20名ほど、やっぱりアラフォー(笑)はわたし一人。
旧米沢街道を経由して裏磐梯へと移動し、散策開始~♪

【桧原城】 福島県北塩原村
20090430_hibara_jou_01.jpg
登山口は県道沿いに標柱が建てられているので直ぐ判ります。
20090430_hibara_jou_02.jpg
暫く進むと堀切や主郭部を取り巻く横堀が見られます。
20090430_hibara_jou_03.jpg
横堀に沿って歩くと、主郭部東側の入口に至ります。
主郭部は南北3つの郭から成っており、上記入口は北郭と中央の郭を画す堀切となります。
なお写真は堀切を西側から撮影したモノ。
本来の大手口は主郭部南側となっており、虎口が残っています。

20090430_hibara_jou_04.jpg
主郭となる中央の郭で説明を聴く皆様。
20090430_hibara_jou_05.jpg
北郭の周囲にも横堀が巡っており、まだ残雪がありました。
20090430_hibara_jou_06.jpg
昭和の頃に開かれた山道を下って県道へ~。
いつの間にか綺麗な解説板が建てられておりました。


---

20090430_rekishikan.jpg
桧原城から下山、バスで桧原歴史館へ移動~。
ここでは裏磐梯の城館についてもちょっと展示が行われています。
地元では結構話題の山塩ラーメンを食しましたが…撮るの忘れてました(^-^;
なかなかおいしいですよ~。


---

20090430_yamashio_01.jpg20090430_yamashio_02.jpg
続いて大塩温泉に移動し、山塩の作業場の見学です。
50リットルの温泉水を先ず大鍋で煮詰め、更に小さな鍋で煮詰めます。

20090430_yamashio_03.jpg
その後天日で乾燥させて出来上がり~(^-^)
およそ50リットルから5kg、5~6日の行程だそうです。


---

おまけ 【綱取城】 福島県北塩原村
20090430_tsunatori_jou.jpg
ちょっと前に解説板が新しくなったので撮って来ました。

***

翌日も連休だったわたし、
天気も良くタイミングも良いか?と思い、
ずーっと訪問したかった裏磐梯の山城攻めを実行に移しました。
郷土史家石田明夫さん作成の縄張図を懐にいざ出陣~(^-^)ノ

【戸山城】 福島県北塩原村
まず初めに昨日訪問した桧原城の程近い、
蘆名氏家臣の桧原地頭穴沢氏の居城戸山城へ。

20090501_toyama_jou_01.jpg
昨日のイベントの際に伺ったら、県道沿いのこの階段から登れるとの事。
道はありませんが斜面もそれほどキツくありません、
尾根に出たら更に西に向かって登り続けます。

20090501_toyama_jou_02.jpg
県道から40分ほど登ると、まず水の手に到着~。
ずーっと登り続けてやっと縄張図に出ている範囲に入りました。
しかし不安なわたしはここから携帯電話で石田さんに質問電話(^-^;
熊がいるのに一人で行くとは…と窘められます。
なおその電話で、西側の尾根伝いに登ったほうが良い、との情報が…。
もう手遅れっす(T^T)

20090501_toyama_jou_03.jpg20090501_toyama_jou_04.jpg
堀切、土橋を越えていよいよ城館内へ進入~!
20090501_toyama_jou_05.jpg
なお堀切を越えるとすぐに熊穴があるよ~。
20090501_toyama_jou_06.jpg20090501_toyama_jou_07.jpg
水の手からちょっと登ると横堀、土塁が2段にわたって構築されています。
左が下段の横堀を大手道から、右が上段の横堀を反対側から撮影した写真。
上段の横堀付近には虎口が見られる様なんですが確認出来ず…。
この堀を越えると、山頂主郭部まで8段、半月型の平場が連続します。

20090501_toyama_jou_08.jpg20090501_toyama_jou_09.jpg
県道から70分ほどでやっと山頂の主郭部へ到着です~(-_-)
しかし周囲より増して笹薮となっており、撮影する所ではありません…。
東寄りの木に寄りかかって、残存する何やら人工建造物がありました。
下山後確認したところ、以前使用されていた共同アンテナらしい。
利用していた頃は道が付けられていたとか。
主郭部はそんな有様ですが、この城の最大の見所は↓コチラ↓

20090501_toyama_jou_10.jpg
20090501_toyama_jou_11.jpg20090501_toyama_jou_12.jpg
西側の尾根筋に残る3段の堀切です♪
東側から西側に向かって画像上段、下段左、下段右の堀切が見られ、
最大幅約15mほどもあります。
ここではくま除けも兼ねて大いに感嘆の声を張り上げましょう。

20090501_toyama_jou_13.jpg
ひとしきり堀切を堪能した後、主郭部東側の8段の半月型平場を伝って下山です。
しかし…登って来た時の道を失い、県道付近まで下りるとこんな感じの斜面…。

20090501_toyama_jou_14.jpg
県道まで下り、行き着いたところは標柱の立てられている所でした。
この標柱脇に車を停めていたので問題はありませんでしたが、
登り始めた階段はここからわずかに西側に進んだ所に所在しています。
確かにここから登り始めるよりは…ちょっと楽だったかも?
なお所要時間は約120分ほどでございました~。


---

【巖山城】 福島県北塩原村
引き続いては県道を南へと進み巖山城へと向かいます。
現在は“堂場山どんぐり探勝路”として整備されていますので、
訪問は非常に楽です(駐車場所に困るけど)。
楽なのは良いのですが、特に目立った遺構が見られない…。

20090501_iwayama_jou_01.jpg
県道沿いのこちらの案内板が探勝路入口です。
案内板には巖山城についても簡単に触れられています。

20090501_iwayama_jou_02.jpg
巖山城は桧原湖中に半島状に突き出た堂場山に所在、
先端部向かってずんずん進んで行くと5つの郭があるそうなんですが、
ここが3郭か4郭…だったと思う…?
周囲が土塁状になっていますが、どうにも自然地形にしか思えない…。

20090501_iwayama_jou_03.jpg
更に北へ進むと…ここが2郭だったかなぁ?
先端部まで行ってはみたものの、あまりぱっとした遺構が見られませんでした。
探勝路が整備されているので歩き易いですけどね~。

20090501_iwayama_jou_04.jpg20090501_iwayama_jou_05.jpg
正直なところ、一番の見所はミズバショウの群生かも(^-^;
最近はあまり草花に目を向けたりしていませんでしたが、
綺麗に咲いていましたよ~。


***

ということで、
久し振りに地元北塩原村の山城を歩いて参りましたが、
山城嫌い(笑)のわたしにとって久し振りに本格的な山城攻めとなりました。
日頃の運動不足も若干は解消されたモノか?

なお綱取城は自宅から歩いて行かれる距離のため何度も登っているので、
次はやっぱり柏木城へ登らなきゃですね~。
石田さんもお奨めの残存遺構の多い城館ですので、
是非とも近いうちに攻めてみたいと考えております(^-^)

テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

オバマ候補応援のため小浜城訪問(?)。
昨日(1日)は休みだったので、
お昼頃に車を診て貰いに会津坂下町へ。
ナニヤラ最近エンジンの警告灯が点灯しているのですが、
取り敢えず普通に乗る分には問題ナシとの事で一安心。

それから自分の車を某観光施設駐車場に置き、
別に来ていた奥さんの車に移ってドライブへ。
特に目的地も定めていませんでしたので、
取り敢えず東に行けば雪は無いだろうと郡山方面へ。

今回は資料も持って来なかったので、
郡山に着いても何もすることが無い…。
ということで今度は普段通らない道を通ってさらに福島方面へ進みます。
で、通りすがりに見て来たのが以下の2箇所。

***

【粟ノ巣古戦場】
20080301_awanosu.jpg
福島県二本松市
畠山義継に拉致された伊達輝宗が非業の死を遂げた古戦場。

【小浜城】
20080301_obama_jou.jpg
福島県二本松市(旧安達郡岩代町)
バラック・オバマ候補とはもちろん関係なく、
大内定綱が居城とし、会津侵攻を狙う伊達政宗も一時居城としました。
なお別にオバマ候補応援のために訪れた訳じゃありません、念のため。
クリントン候補支持でも無いですけどね。

***

その後は福島市内の義妹の美容室に突然訪問し、
家族3人髪だけ洗って貰って帰宅(←迷惑)。

一体何をしに行ったものやら…。

テーマ:史跡 - ジャンル:学問・文化・芸術

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。