ブログの更新をしばらくサボってました。
本サイトの更新情況すらも載せていなかったのは、
ブログに更新情報を載せる手間を本サイト更新に充てるため!
だったのですが、
載せようが載せまいが本サイトの更新速度は変わりませんでした(^-^;
つーことでここのところの更新情報をば。
【界沢館】

福島県会津若松市
【高畑館】

福島県会津若松市(旧河沼郡河東町)
【荻野館】

福島県喜多方市(旧耶麻郡高郷村)
【小布瀬城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡山都町)
【中崎城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡山都町)
【福富城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡高郷村)
【太郎丸西館】

福島県喜多方市
太郎丸東館

福島県喜多方市
***
全部最近訪問した所ばかりなので、
特に取り立てて書くことも無い…orz
本サイトの更新情況すらも載せていなかったのは、
ブログに更新情報を載せる手間を本サイト更新に充てるため!
だったのですが、
載せようが載せまいが本サイトの更新速度は変わりませんでした(^-^;
つーことでここのところの更新情報をば。
【界沢館】

福島県会津若松市
【高畑館】

福島県会津若松市(旧河沼郡河東町)
【荻野館】

福島県喜多方市(旧耶麻郡高郷村)
【小布瀬城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡山都町)
【中崎城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡山都町)
【福富城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡高郷村)
【太郎丸西館】

福島県喜多方市
太郎丸東館

福島県喜多方市
***
全部最近訪問した所ばかりなので、
特に取り立てて書くことも無い…orz
今回もだめだめでした…。
いや、だめだめじゃない時もある様な書き方ですけどね(^-^;
休みの日はお昼まで寝てしまうわたし。
前日夜までは、早めに起きてちょっと遠くまで脚を延ばそう♪
なんて毎回思っているんですけどねー。
年式がだんだんと古くなり暖かくてもチョークを引かねば動きません。
…ナウなヤングはチョークって知っているのだろうか(笑)
【小布瀬城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡山都町)
新宮城の支城として室町時代には存在していたとみられ、
応永二十六年(1419)蘆名氏と新宮氏との合戦で落城した、
「おふせの城」がこの城と考えられる。
元亀、天正年間(1570-92)には蘆名氏家臣渡辺忠兵衛直忠が居住した。
写真は現在水田となっている主郭部西側の堀跡です。
【中崎城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡山都町)
中崎善六郎某が居住したと伝えられる城館。
すぐ北に所在する小布瀬城との関係は不明らしい。
阿賀川(大川)と原川(田入川)の合流点に所在するとのことで、
大して期待もせずに訪問してみましたが、
合流点に突き出す形で帯曲輪を巡らせた蕎麦畑となっていました。
突端部近くの帯曲輪には高さ2mほどの土塁が盛られており、
阿賀川の水運を監視する目的で築かれた城館と思われます。
写真はその土塁なんですが判りませんねー。
【竈館】

福島県河沼郡会津坂下町
中崎城の川を挟んだ西側に所在し、
小布瀬城と中崎城、そしてこの竈館で三角形を形作っています。
まほろんの「文化財データベース」で場所を調べましたが、
「福島の中世城館跡」にも記載は無く詳細は不明です。
訪問した場所も確かではないんですが、
写真の木立近くに近付いた際空気が急に変わりました。
それまで汗だくで歩き回っていたんですが一瞬のうちにヒンヤリと…。
初めての経験ですがあれはなんだったんだろう…?
【福富館】

福島県喜多方市(旧耶麻郡高郷村)
永延二年(988)城四郎重範が築いた会津八館の一。
現在は熊野神社の社地となっている様で、
夕闇迫って薄暗い参道を直登すると小祠がありました。
参道周辺には特に目立った遺構は見られず、
参道を外れたところは雑木林なので全く確認していません。
【荻野館】

福島県喜多方市(旧耶麻郡高郷村)
JR磐越西線荻野駅の直ぐ東側に所在しており、
これまでも何回か訪問しているものの遺構は見られない様です。
武藤出雲員綱、右馬允與綱父子が居住していたと伝わっていますが…、
民家もあるしウロウロも出来ないんですよねー。
***
本当は西会津町で行ってみたい城館があったんですけどねー。
昼過ぎから行動を起こすパターンを変えねばならんですなぁ。
そんなことを思いながらも次回また同じ轍を踏むのさ…。
いや、だめだめじゃない時もある様な書き方ですけどね(^-^;
休みの日はお昼まで寝てしまうわたし。
前日夜までは、早めに起きてちょっと遠くまで脚を延ばそう♪
なんて毎回思っているんですけどねー。
年式がだんだんと古くなり暖かくてもチョークを引かねば動きません。
…ナウなヤングはチョークって知っているのだろうか(笑)
【小布瀬城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡山都町)
新宮城の支城として室町時代には存在していたとみられ、
応永二十六年(1419)蘆名氏と新宮氏との合戦で落城した、
「おふせの城」がこの城と考えられる。
元亀、天正年間(1570-92)には蘆名氏家臣渡辺忠兵衛直忠が居住した。
写真は現在水田となっている主郭部西側の堀跡です。
【中崎城】

福島県喜多方市(旧耶麻郡山都町)
中崎善六郎某が居住したと伝えられる城館。
すぐ北に所在する小布瀬城との関係は不明らしい。
阿賀川(大川)と原川(田入川)の合流点に所在するとのことで、
大して期待もせずに訪問してみましたが、
合流点に突き出す形で帯曲輪を巡らせた蕎麦畑となっていました。
突端部近くの帯曲輪には高さ2mほどの土塁が盛られており、
阿賀川の水運を監視する目的で築かれた城館と思われます。
写真はその土塁なんですが判りませんねー。
【竈館】

福島県河沼郡会津坂下町
中崎城の川を挟んだ西側に所在し、
小布瀬城と中崎城、そしてこの竈館で三角形を形作っています。
まほろんの「文化財データベース」で場所を調べましたが、
「福島の中世城館跡」にも記載は無く詳細は不明です。
訪問した場所も確かではないんですが、
写真の木立近くに近付いた際空気が急に変わりました。
それまで汗だくで歩き回っていたんですが一瞬のうちにヒンヤリと…。
初めての経験ですがあれはなんだったんだろう…?
【福富館】

福島県喜多方市(旧耶麻郡高郷村)
永延二年(988)城四郎重範が築いた会津八館の一。
現在は熊野神社の社地となっている様で、
夕闇迫って薄暗い参道を直登すると小祠がありました。
参道周辺には特に目立った遺構は見られず、
参道を外れたところは雑木林なので全く確認していません。
【荻野館】

福島県喜多方市(旧耶麻郡高郷村)
JR磐越西線荻野駅の直ぐ東側に所在しており、
これまでも何回か訪問しているものの遺構は見られない様です。
武藤出雲員綱、右馬允與綱父子が居住していたと伝わっていますが…、
民家もあるしウロウロも出来ないんですよねー。
***
本当は西会津町で行ってみたい城館があったんですけどねー。
昼過ぎから行動を起こすパターンを変えねばならんですなぁ。
そんなことを思いながらも次回また同じ轍を踏むのさ…。
一昨日、昨日と連休だったので遠征も視野に入れていたのですが、
だらだらと両日を過ごしてしまいました…。
一昨々日は午前2時まで職場にいたし、
昨日は午後から職場に行こうと思っていたので仕方無いんですけどね。
仕事に行くにしても早く出て地元のお城を巡ろう!なんて思ってましたが、
エンジンのかかりが遅いのはいつも通り、
だいぶ太陽光の波長が長くなってからの出発となってしまいました。
ですので写真はだめだめ、お城巡りの結果もだめだめ…(T^T)
【太郎丸西館】

福島県喜多方市
永禄十一年(1568)太郎丸河内守盛次が築いたそうな。
熊野神社を北端にしてその南側の耕作地が館跡の様ですが、
特に目立った遺構は見られませんでした。
【太郎丸東館】

福島県喜多方市
天正年間(1573-92)太郎丸掃部が居住。
長泉寺の北東に比定されている様ですがよくワカラン。
写真は太郎丸踏切南側の堀跡っぽい水田地。
【谷地ノ城】

福島県喜多方市
承安元年(1171)河内守吉実なる人物が居住したらしい。
多分写真辺りの水田地で良いと思うんですが…。
南側の水田内に祀られていた小祠はなんなんだろうか?
【荒神館】

福島県喜多方市
今回一番見どころのありそうな城館がココでした!
周囲には堀が巡らされ、その内側には帯曲輪が巡っています。
そして郭内は…宅地の様で侵入出来ず(T^T)
堀すら逆光でロクなものを撮れませんでした。
【松野館】

福島県喜多方市
明徳二年(1391)青木民部が築き、
永禄、天正年間(1558-92)には勝次郎が居住。
これが市史に載ってる「東郭南西部の土塁跡」なのかなあ?
【新館】

福島県喜多方市
慶徳館が廃された後に築城が計画されながら、
未完成の内に放棄された館跡…と公民館長さんがおっしゃってました。
現在は公民館、幼稚園となっており資料がいろいろありそう…。
まあだめだめながら下見と考えればそこそこの成果はありました。
近くだからまたすぐ行かれるし…、
という考えがイケナイのは良く判っているんですけどね(^-^;
だらだらと両日を過ごしてしまいました…。
一昨々日は午前2時まで職場にいたし、
昨日は午後から職場に行こうと思っていたので仕方無いんですけどね。
仕事に行くにしても早く出て地元のお城を巡ろう!なんて思ってましたが、
エンジンのかかりが遅いのはいつも通り、
だいぶ太陽光の波長が長くなってからの出発となってしまいました。
ですので写真はだめだめ、お城巡りの結果もだめだめ…(T^T)
【太郎丸西館】

福島県喜多方市
永禄十一年(1568)太郎丸河内守盛次が築いたそうな。
熊野神社を北端にしてその南側の耕作地が館跡の様ですが、
特に目立った遺構は見られませんでした。
【太郎丸東館】

福島県喜多方市
天正年間(1573-92)太郎丸掃部が居住。
長泉寺の北東に比定されている様ですがよくワカラン。
写真は太郎丸踏切南側の堀跡っぽい水田地。
【谷地ノ城】

福島県喜多方市
承安元年(1171)河内守吉実なる人物が居住したらしい。
多分写真辺りの水田地で良いと思うんですが…。
南側の水田内に祀られていた小祠はなんなんだろうか?
【荒神館】

福島県喜多方市
今回一番見どころのありそうな城館がココでした!
周囲には堀が巡らされ、その内側には帯曲輪が巡っています。
そして郭内は…宅地の様で侵入出来ず(T^T)
堀すら逆光でロクなものを撮れませんでした。
【松野館】

福島県喜多方市
明徳二年(1391)青木民部が築き、
永禄、天正年間(1558-92)には勝次郎が居住。
これが市史に載ってる「東郭南西部の土塁跡」なのかなあ?
【新館】

福島県喜多方市
慶徳館が廃された後に築城が計画されながら、
未完成の内に放棄された館跡…と公民館長さんがおっしゃってました。
現在は公民館、幼稚園となっており資料がいろいろありそう…。
まあだめだめながら下見と考えればそこそこの成果はありました。
近くだからまたすぐ行かれるし…、
という考えがイケナイのは良く判っているんですけどね(^-^;











