20〜21日が連休だったので、
埼玉県立嵐山史跡の博物館で開催されている企画展、
「後北条氏の城−合戦と支配−」
を観覧すべく埼玉県へ遠征しました♪
今回は事前にちょっと下調べすることが出来、
19日の夜のウチに出発〜っ!と思っていましたが、
ここしばらくりんと会話を交わしていない…。
ここで2日間遊びに行っちゃうと1週間近くになってしまう…。
お父さん大好きっ娘のりんがそれでは可哀想…(T^T)
ということで、わたし的には非常に珍しい朝9時頃の出発になりました。
今回の狙いは栃木県南西部〜埼玉県比企郡周辺、
一般道をとことこ宇都宮市方面へ向かいます。
***
【大里城】

福島県須賀川市(旧岩瀬郡長沼町)
丁度城跡の目の前の信号で止まったので、
車窓から解説板のみささっと撮影。
【鹿沼城】

栃木県鹿沼市
最初の訪問は10数年前に仕事のついで、
その後写真を撮影しに訪問した記憶はあるんですが…、
取り敢えずその写真が見当たらないので撮影に寄りました。
【粟野城】

栃木県鹿沼市(旧上都賀郡粟野町)
こちらも10数年振りの訪問、
前回はずーっと上まで上りましたが今回は麓の解説板だけ撮影。
【清水城】

栃木県佐野市(旧安蘇郡田沼町)
興聖寺境内地を土塁が取り巻いています。
【唐沢山城】

栃木県佐野市
説明不要、栃木県を代表するお城の一ですね。
こちらも10数年振りでした(^-^;
【小野寺城】

栃木県下都賀郡岩舟町
今回は比企郡小川町在住の友人に世話になったんですが、
その友人のご先祖様の城跡です(多分)。
近いご先祖はちょっと前に訪問した旧若柳町の武鎗らしいけど。
【阿曽沼城】

栃木県佐野市
岩手県南東部、遠野市近隣に勢力を持った阿曽沼氏発祥地。
【佐野城】

栃木県佐野市
江戸時代末期に築かれた堀田氏の城…ってか陣屋?
訪問時は既に日が落ちてしまった後だったので、
最大の見所であろう移築現存大手門を確認出来なかった…orz
***
以前足利市の中里城、佐野市の赤見城の案内板を見ていながら、
深夜だったのでスルーしていました。
今回こそは両城に訪問しよう!と思ってたんですがねー…。
また次回のお楽しみになってしまいました。
佐野城を後にしたわたしは埼玉県小川町に移動、
高校時代の友人O野寺宅にお世話になりました。
遠征の際には車中泊が当たり前のわたしですが、
今回は暖かい布団で休ませて頂きました(^-^)
しかし布団で寝たらまずまともな時間に目は覚ましません(-_-;
やっぱり起きたのは11時過ぎ…。
それから今回の目的地、嵐山遺跡の博物館へゴーです。
***
【菅谷館】

埼玉県比企郡嵐山町
鎌倉時代の畠山重忠の館跡です…が、
現在残っているのは戦国時代の姿です。
小野寺城主の子孫(かも知れない)、
友人O野寺の哀愁の後ろ姿で土塁の高さが判るかな?
(推定体長170cmくらいであろうか)
【武田信俊館】

埼玉県比企郡小川町
武田信玄の甥っ子、武田信俊の館跡らしいです。
武田氏一族のお墓が残っています。
【奈良梨陣屋】

埼玉県比企郡小川町
徳川家康の関東移封に従った諏訪頼水が、
1万2千石を以って居住した陣屋。
数年しか使用されなかったみたいです。
【常安寺館】

埼玉県熊谷市(旧大里郡江南町)
常安寺境内地に土塁が残っています。
***
しかし関東地方はやっぱり雪が無いですねー。
わたしのなで肩スタッドレスタイヤでも全く問題無し。
しかし天気にも恵まれた遠征ではありましたが、
やっぱり何となく中途半端に終わってしまいました…。
目的が「友人に会う」に変わっちゃったからかなー。
まあ友人及びその奥様にも久し振りに会えたし、
なかなか楽しい遠征ではございました(^-^)
埼玉県立嵐山史跡の博物館で開催されている企画展、
「後北条氏の城−合戦と支配−」
を観覧すべく埼玉県へ遠征しました♪
今回は事前にちょっと下調べすることが出来、
19日の夜のウチに出発〜っ!と思っていましたが、
ここしばらくりんと会話を交わしていない…。
ここで2日間遊びに行っちゃうと1週間近くになってしまう…。
お父さん大好きっ娘のりんがそれでは可哀想…(T^T)
ということで、わたし的には非常に珍しい朝9時頃の出発になりました。
今回の狙いは栃木県南西部〜埼玉県比企郡周辺、
一般道をとことこ宇都宮市方面へ向かいます。
***
【大里城】

福島県須賀川市(旧岩瀬郡長沼町)
丁度城跡の目の前の信号で止まったので、
車窓から解説板のみささっと撮影。
【鹿沼城】

栃木県鹿沼市
最初の訪問は10数年前に仕事のついで、
その後写真を撮影しに訪問した記憶はあるんですが…、
取り敢えずその写真が見当たらないので撮影に寄りました。
【粟野城】

栃木県鹿沼市(旧上都賀郡粟野町)
こちらも10数年振りの訪問、
前回はずーっと上まで上りましたが今回は麓の解説板だけ撮影。
【清水城】

栃木県佐野市(旧安蘇郡田沼町)
興聖寺境内地を土塁が取り巻いています。
【唐沢山城】

栃木県佐野市
説明不要、栃木県を代表するお城の一ですね。
こちらも10数年振りでした(^-^;
【小野寺城】

栃木県下都賀郡岩舟町
今回は比企郡小川町在住の友人に世話になったんですが、
その友人のご先祖様の城跡です(多分)。
近いご先祖はちょっと前に訪問した旧若柳町の武鎗らしいけど。
【阿曽沼城】

栃木県佐野市
岩手県南東部、遠野市近隣に勢力を持った阿曽沼氏発祥地。
【佐野城】

栃木県佐野市
江戸時代末期に築かれた堀田氏の城…ってか陣屋?
訪問時は既に日が落ちてしまった後だったので、
最大の見所であろう移築現存大手門を確認出来なかった…orz
***
以前足利市の中里城、佐野市の赤見城の案内板を見ていながら、
深夜だったのでスルーしていました。
今回こそは両城に訪問しよう!と思ってたんですがねー…。
また次回のお楽しみになってしまいました。
佐野城を後にしたわたしは埼玉県小川町に移動、
高校時代の友人O野寺宅にお世話になりました。
遠征の際には車中泊が当たり前のわたしですが、
今回は暖かい布団で休ませて頂きました(^-^)
しかし布団で寝たらまずまともな時間に目は覚ましません(-_-;
やっぱり起きたのは11時過ぎ…。
それから今回の目的地、嵐山遺跡の博物館へゴーです。
***
【菅谷館】

埼玉県比企郡嵐山町
鎌倉時代の畠山重忠の館跡です…が、
現在残っているのは戦国時代の姿です。
小野寺城主の子孫(かも知れない)、
友人O野寺の哀愁の後ろ姿で土塁の高さが判るかな?
(推定体長170cmくらいであろうか)
【武田信俊館】

埼玉県比企郡小川町
武田信玄の甥っ子、武田信俊の館跡らしいです。
武田氏一族のお墓が残っています。
【奈良梨陣屋】

埼玉県比企郡小川町
徳川家康の関東移封に従った諏訪頼水が、
1万2千石を以って居住した陣屋。
数年しか使用されなかったみたいです。
【常安寺館】

埼玉県熊谷市(旧大里郡江南町)
常安寺境内地に土塁が残っています。
***
しかし関東地方はやっぱり雪が無いですねー。
わたしのなで肩スタッドレスタイヤでも全く問題無し。
しかし天気にも恵まれた遠征ではありましたが、
やっぱり何となく中途半端に終わってしまいました…。
目的が「友人に会う」に変わっちゃったからかなー。
まあ友人及びその奥様にも久し振りに会えたし、
なかなか楽しい遠征ではございました(^-^)
ちょっと間が空きましたが、
今までと比べれば一瞬くらいの間です(^-^;
さて今回の「さくらとおしろ」の更新、
ナニヤラ一部余計なところを変更してみたりもしてますが、
宮城県大郷町の城館を更新してみました。
***
【石原南館】

宮城県黒川郡大郷町
【大窪城】

宮城県黒川郡大郷町
【小屋場館】宮城県黒川郡大郷町
***
宮城県の城館は最近訪問した箇所を除けば、
ほとんどが10数年前に仕事の合間に行ったところばかり。
中でも黒川郡内はあまり営業で寄る業者も無かったので、
他地区と比べると「通り道」になっちゃってたんですよねー。
加美郡、遠田郡と併せて見に行こう…って、
前回の岩手南部訪問の際の目的地だったんですけどね(^-^;
今までと比べれば一瞬くらいの間です(^-^;
さて今回の「さくらとおしろ」の更新、
ナニヤラ一部余計なところを変更してみたりもしてますが、
宮城県大郷町の城館を更新してみました。
***
【石原南館】

宮城県黒川郡大郷町
【大窪城】

宮城県黒川郡大郷町
【小屋場館】宮城県黒川郡大郷町
***
宮城県の城館は最近訪問した箇所を除けば、
ほとんどが10数年前に仕事の合間に行ったところばかり。
中でも黒川郡内はあまり営業で寄る業者も無かったので、
他地区と比べると「通り道」になっちゃってたんですよねー。
加美郡、遠田郡と併せて見に行こう…って、
前回の岩手南部訪問の際の目的地だったんですけどね(^-^;
昨日は休みだったんですが、
何だかばたばたしてて更新が進みませんでした。
なので今回の「さくらとおしろ」の更新は登米市、
その中の旧登米郡石越町分だけを行っておりますー。
ちなみに毎回このタイトルで記事を書いてましたが、
「本サイト」とはなんじゃらホイ?という方もいらっしゃいましたよね(^-^;
今度からリンクする様にしときました。
***
【蘆名館】

宮城県登米市(旧登米郡石越町)
【東館】

宮城県登米市(旧登米郡石越町)
【高森古館】

宮城県登米市(旧登米郡石越町)
【金堂館】宮城県登米市(旧登米郡石越町)
***
なお次回の更新予定は栗原市…かも?
何だかばたばたしてて更新が進みませんでした。
なので今回の「さくらとおしろ」の更新は登米市、
その中の旧登米郡石越町分だけを行っておりますー。
ちなみに毎回このタイトルで記事を書いてましたが、
「本サイト」とはなんじゃらホイ?という方もいらっしゃいましたよね(^-^;
今度からリンクする様にしときました。
***
【蘆名館】

宮城県登米市(旧登米郡石越町)
【東館】

宮城県登米市(旧登米郡石越町)
【高森古館】

宮城県登米市(旧登米郡石越町)
【金堂館】宮城県登米市(旧登米郡石越町)
***
なお次回の更新予定は栗原市…かも?
激しく降りしきる雪の中、
宮城県南部へ遠征して参りました。
と言うのも昨日は公休日で、
奥さんがりんに「3人でお出掛けするよ〜♪」と言っていたので、
楽しみにしているりんの手前取り止めにも出来なかったんです(^-^;
土曜日、仕事が終了して帰宅したのは22時半頃、
既に外はでこでこ大粒の雪が舞い落ちておりました。
気温が高い時に降る感じの雪だったので、
意を決して出発の準備を開始します。
車は選択肢が2つあるのですが、
・ミツビシギャラン(4WD・4AT・なで肩スタッドレス)
・スズキKei(4WD・5MT・2年目スタッドレス)
車中泊、そしてこの降雪なので後者を選択します。
ところで車中泊がメインなら1BOXを購入すれば良いし、
事実わたしも非常に1BOXが欲しいんですが…、
根っからのセダン好きなんですよね…(^-^;
しかもギャランを購入した際にライバル車種としたのは、
セダンならマミツビシエテルナZR-4、マツダカペラ2.0Fi、
それ以外ならスバルSVX-VL、ケーターハムセヴン…、
そりゃギャランに決まりますね。
閑話休題、準備が終わり自宅を出発したのは0時頃、
宮城県へ向かう際には普段は七ヶ宿街道、土湯峠越えを選びますが、
降雪状況を考えて今回は中山峠を越えて郡山経由。
伊達郡まで行くのに4時間ほど掛かったため、
国見町のコンビニ駐車場で仮眠を取ります。
そして例によって朝は非常に弱いこのわたし、
蔵王町へは早く起きた奥さんが移動を済ませてくれましたので、
9時半頃から城攻めを開始〜♪
***
【棚村館】

宮城県刈田郡蔵王町
蔵王町円田字棚村道上のセブンイレブン北西丘陵上に所在。
南麓に弁天社がありますが、その奥院かな?のある頂部だそうです。
北東側に登って行かれそうな道がありましたが積雪で断念。
【勝岡城】

宮城県刈田郡蔵王町
今回の主目的の一つ、伊達氏要害屋敷の一です。
やっと訪問出来ました(^-^)
【兵糧館】

宮城県刈田郡蔵王町
現在は「兵糧館展望台」として整備され、
主郭部下まで車で楽に…行かれるのは積雪の無い場合。
矢印に従って進んで行くと、やや狭い道路にタイヤ痕…。
降雪は昨夜なので誰か通っている筈と思いズンズン進むと、
そのタイヤ痕は脇道へ逸れて行き、館跡へ向かうは正面の雪道…。
そこに今度は犬の散歩と思しき足跡があったため、
さらに雪道を突っ込んで行くと進むも引くも難しい局面に陥りました(^-^;
そこで車を停めて徒歩でさらに進んで行くと…、
見事な段を持つ館跡(及び転回可能な場所)に至りました。
滑る斜面をなんとか四つんばいで這い上がり、
眼下に広がる展望をしばしの間眺める…余裕も無く、
斜面を転がり落ちながら車へと戻りました(-_-;
【西小屋館】

宮城県刈田郡蔵王町
現在は個人の方のお住まいとなっていますが、
西から北側にかけて見事な土塁が残っています。
快く撮影を許可して頂き誠に有難うございましたm(__)m
【新城館】

宮城県刈田郡蔵王町
一面の田んぼになっており、周囲より一段高い様らしいんですが、
…ワカラン。
【※村田城大手門】

宮城県柴田郡村田町
正面から見ると重厚な感じを受けますが、
意外と薄い…と思うのはわたしだけ…?
写真撮影時にお声を掛けて下さったご婦人の方によると、
今年一年かけて小学校で村田城跡の発掘調査をするとの事。
江戸時代のお宝がざくざくだそうですぜ…( ̄ー+ ̄)
【古館】

宮城県柴田郡村田町
村田町立第三小学校の北側丘陵、解説板が設置されていますが、
りんが飽きて来たので上までは登りませんでした。
【明神館】

宮城県柴田郡村田町
現在姫神社の祀られている丘陵が館跡の様子。
北側は今回確認しませんでしたが南側には段が残っています。
【星野城】

宮城県柴田郡村田町
右奥の山から左側の林までが星野城、
↓の民家裏の林が小館かと思うんですが…、
縄張図が無く良くワカランのです。
【小館】

宮城県柴田郡村田町
星野城の出城なんですが、↑の通り(^-^;
【花館】

宮城県柴田郡村田町
さらに↑の通り…(-_-;
良く考えるともっと北側の丘陵の様な気がする…。
【川崎城】

宮城県柴田郡川崎町
現在は公園として整備されています。ローラー滑り台が有名。
公園側には本当に土塁などの遺構が見られないんですねー。
【中ノ内城】

宮城県柴田郡川崎町
砂金氏が川崎城(要害)へ移る前に居住していたお城。
場所確認で訪問した程度ですので今回は登っていません。
【上楯城】

宮城県柴田郡川崎町
後年、支倉六右衛門常長で有名になった支倉氏代々の居城。
駐車場や解説板が整備されていますが、こちらも場所確認だけです。
なお今回、根無藤館、築館、花楯城、諏訪館(以上蔵王町)、
及び小泉城(村田町)は場所が特定出来ずに断念、
元館(村田町)はすっかり忘れてました(^-^;
***
村田城大手門を訪問している頃、
さすがに積雪のため一緒に歩くことも出来ないりんが飽きてきました…。
それでもその後数件の訪問を許してくれる家族愛。
その愛に応えるべくわたしもちょっと早めに城攻めを切り上げ、
じさまばさまの住む亘理町へと向かいました。
実家ではアポなしの孫の訪問に大喜び(^-^;
りんももちろん大興奮でテンション上がりまくり↑↑↑
りんは車の中で寝ちゃえば良いので21時頃まで実家でゆっくりしましたが、
それでもじさまばさまにとっては時間が短かった様です。
その間わたしは自宅への移動に備えてほとんど居眠りでしたが(-_-)Zzz
帰りは福島から土湯峠を越えて帰りましたが、
昨日の雪がウソの様に雪がない…ビックリでした。
宮城県南部へ遠征して参りました。
と言うのも昨日は公休日で、
奥さんがりんに「3人でお出掛けするよ〜♪」と言っていたので、
楽しみにしているりんの手前取り止めにも出来なかったんです(^-^;
土曜日、仕事が終了して帰宅したのは22時半頃、
既に外はでこでこ大粒の雪が舞い落ちておりました。
気温が高い時に降る感じの雪だったので、
意を決して出発の準備を開始します。
車は選択肢が2つあるのですが、
・ミツビシギャラン(4WD・4AT・なで肩スタッドレス)
・スズキKei(4WD・5MT・2年目スタッドレス)
車中泊、そしてこの降雪なので後者を選択します。
ところで車中泊がメインなら1BOXを購入すれば良いし、
事実わたしも非常に1BOXが欲しいんですが…、
根っからのセダン好きなんですよね…(^-^;
しかもギャランを購入した際にライバル車種としたのは、
セダンならマミツビシエテルナZR-4、マツダカペラ2.0Fi、
それ以外ならスバルSVX-VL、ケーターハムセヴン…、
そりゃギャランに決まりますね。
閑話休題、準備が終わり自宅を出発したのは0時頃、
宮城県へ向かう際には普段は七ヶ宿街道、土湯峠越えを選びますが、
降雪状況を考えて今回は中山峠を越えて郡山経由。
伊達郡まで行くのに4時間ほど掛かったため、
国見町のコンビニ駐車場で仮眠を取ります。
そして例によって朝は非常に弱いこのわたし、
蔵王町へは早く起きた奥さんが移動を済ませてくれましたので、
9時半頃から城攻めを開始〜♪
***
【棚村館】

宮城県刈田郡蔵王町
蔵王町円田字棚村道上のセブンイレブン北西丘陵上に所在。
南麓に弁天社がありますが、その奥院かな?のある頂部だそうです。
北東側に登って行かれそうな道がありましたが積雪で断念。
【勝岡城】

宮城県刈田郡蔵王町
今回の主目的の一つ、伊達氏要害屋敷の一です。
やっと訪問出来ました(^-^)
【兵糧館】

宮城県刈田郡蔵王町
現在は「兵糧館展望台」として整備され、
主郭部下まで車で楽に…行かれるのは積雪の無い場合。
矢印に従って進んで行くと、やや狭い道路にタイヤ痕…。
降雪は昨夜なので誰か通っている筈と思いズンズン進むと、
そのタイヤ痕は脇道へ逸れて行き、館跡へ向かうは正面の雪道…。
そこに今度は犬の散歩と思しき足跡があったため、
さらに雪道を突っ込んで行くと進むも引くも難しい局面に陥りました(^-^;
そこで車を停めて徒歩でさらに進んで行くと…、
見事な段を持つ館跡(及び転回可能な場所)に至りました。
滑る斜面をなんとか四つんばいで這い上がり、
眼下に広がる展望をしばしの間眺める…余裕も無く、
斜面を転がり落ちながら車へと戻りました(-_-;
【西小屋館】

宮城県刈田郡蔵王町
現在は個人の方のお住まいとなっていますが、
西から北側にかけて見事な土塁が残っています。
快く撮影を許可して頂き誠に有難うございましたm(__)m
【新城館】

宮城県刈田郡蔵王町
一面の田んぼになっており、周囲より一段高い様らしいんですが、
…ワカラン。
【※村田城大手門】

宮城県柴田郡村田町
正面から見ると重厚な感じを受けますが、
意外と薄い…と思うのはわたしだけ…?
写真撮影時にお声を掛けて下さったご婦人の方によると、
今年一年かけて小学校で村田城跡の発掘調査をするとの事。
江戸時代のお宝がざくざくだそうですぜ…( ̄ー+ ̄)
【古館】

宮城県柴田郡村田町
村田町立第三小学校の北側丘陵、解説板が設置されていますが、
りんが飽きて来たので上までは登りませんでした。
【明神館】

宮城県柴田郡村田町
現在姫神社の祀られている丘陵が館跡の様子。
北側は今回確認しませんでしたが南側には段が残っています。
【星野城】

宮城県柴田郡村田町
右奥の山から左側の林までが星野城、
↓の民家裏の林が小館かと思うんですが…、
縄張図が無く良くワカランのです。
【小館】

宮城県柴田郡村田町
星野城の出城なんですが、↑の通り(^-^;
【花館】

宮城県柴田郡村田町
さらに↑の通り…(-_-;
良く考えるともっと北側の丘陵の様な気がする…。
【川崎城】

宮城県柴田郡川崎町
現在は公園として整備されています。
公園側には本当に土塁などの遺構が見られないんですねー。
【中ノ内城】

宮城県柴田郡川崎町
砂金氏が川崎城(要害)へ移る前に居住していたお城。
場所確認で訪問した程度ですので今回は登っていません。
【上楯城】

宮城県柴田郡川崎町
後年、支倉六右衛門常長で有名になった支倉氏代々の居城。
駐車場や解説板が整備されていますが、こちらも場所確認だけです。
なお今回、根無藤館、築館、花楯城、諏訪館(以上蔵王町)、
及び小泉城(村田町)は場所が特定出来ずに断念、
元館(村田町)はすっかり忘れてました(^-^;
***
村田城大手門を訪問している頃、
さすがに積雪のため一緒に歩くことも出来ないりんが飽きてきました…。
それでもその後数件の訪問を許してくれる家族愛。
その愛に応えるべくわたしもちょっと早めに城攻めを切り上げ、
じさまばさまの住む亘理町へと向かいました。
実家ではアポなしの孫の訪問に大喜び(^-^;
りんももちろん大興奮でテンション上がりまくり↑↑↑
りんは車の中で寝ちゃえば良いので21時頃まで実家でゆっくりしましたが、
それでもじさまばさまにとっては時間が短かった様です。
その間わたしは自宅への移動に備えてほとんど居眠りでしたが(-_-)Zzz
帰りは福島から土湯峠を越えて帰りましたが、
昨日の雪がウソの様に雪がない…ビックリでした。
予定通り宮城県北の更新に着手、
栗原市の旧一迫町域を更新しました。
***
【鹿鼻館】

宮城県栗原市(旧栗原郡一迫町)
【三ツ口沢館】

宮城県栗原市(旧栗原郡一迫町)
【姫松館】宮城県栗原市(旧栗原郡一迫町)
【町田館】宮城県栗原市(旧栗原郡一迫町)
***
宮城県南にずっと住んでいたわたしにとって、
仙台市から東の松島、石巻方面はそこそこ馴染がありましたが、
北は結構知らなかった土地なんですよねー。
古川、築館、佐沼周辺の地理なんて、
仕事で営業に行く様になってから知りましたからね(-_-*
ただわたしの世界が狭かっただけ…?
ですので栗原郡一帯はかなり未知の領域、
その分非常に興味のある地域でもあります。
…でも遠いし広いんですよねー。
栗原市の旧一迫町域を更新しました。
***
【鹿鼻館】

宮城県栗原市(旧栗原郡一迫町)
【三ツ口沢館】

宮城県栗原市(旧栗原郡一迫町)
【姫松館】宮城県栗原市(旧栗原郡一迫町)
【町田館】宮城県栗原市(旧栗原郡一迫町)
***
宮城県南にずっと住んでいたわたしにとって、
仙台市から東の松島、石巻方面はそこそこ馴染がありましたが、
北は結構知らなかった土地なんですよねー。
古川、築館、佐沼周辺の地理なんて、
仕事で営業に行く様になってから知りましたからね(-_-*
ただわたしの世界が狭かっただけ…?
ですので栗原郡一帯はかなり未知の領域、
その分非常に興味のある地域でもあります。
…でも遠いし広いんですよねー。
岩手、宮城県遠征後半、2日目の30日に訪問した箇所です。
やっぱり朝は非常に弱い私、
6時から断続的に目覚ましをセットしましたが、
行動を開始したのは8時半頃から…。
帰って来てから時間が勿体無かったなーと思うんですよねー。
***
【白鳥館】

岩手県奥州市前沢区(旧胆沢郡前沢町)
前夜、毎度おなじみの職務質問を受けたのですが(^-^;
わたしの「お城を見て回っている」という答えに対してその警察官は、
「じゃあ白鳥館は見ておいた方が良いよ」と教えて下さいました。
一般的には非常に珍しいケースなのでびっくりしました。
一般的には盛岡城くらいしかお城と認識していないでしょうからねー。
仙台の人間は「仙台城はお城が無いからなー」程度の認識だし。
※【長者原廃寺】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
平安時代の寺院跡とされていますが、
永く金売吉次の屋敷跡と伝承されていた様です。
【接待館】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
雪だらけでどこが何やら…。
藤原秀衡の母(安倍宗任娘)の居館とも、迎賓館とも言われています。
【衣川柵(並木屋敷)】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
安倍一族の本拠地、政庁であったとされています。
【琵琶館】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
安倍貞任の庶兄、安倍成道の居館。
【小松館】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
安倍貞任の叔父、良照の居館。
【泉ヶ城】

岩手県西磐井郡平泉町
藤原泰衡の弟、泉三郎忠衡の居館。
前九年合戦の際の業近柵ともいわれている様です。
現在は民家となっていて、「非観光地」と書かれた標柱があります。
ご迷惑をお掛けしているんでしょうね…。
【衣川関】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
丁度高速道路の橋梁の辺りらしい。
確証の無いまま雪道を進むのは結構怖かった(^-^;
※【張山古戦場】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
前九年合戦の古戦場。
【中の営、古戸古戦場】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
紀古佐美の東征の際に置かれた営所3箇所の一。
また前九年合戦の古戦場でもあります。
図書館(公民館?)の前なんですが、
伊達氏の在所の場所を訊きに伺ったら色々と調べて下さいました。
有難うございますm(__)m
【安倍館】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
忠頼、忠良、頼良三代にわたる安倍氏の居館。
頼良の代に衣川柵(並木屋敷)へと移ったとされます。
【張山屋敷】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
ここが伊達氏の下衣川在所なんでしょうかねー。
針生(蘆名)、長沼氏の時代には在所だった様ですが、
上郡山氏の時代には在郷になった様です。
【遠藤屋敷】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
こちらも伊達氏家臣遠藤氏の屋敷跡だそうです。
張山屋敷、遠藤屋敷ともに現在は宅地となっています。
【東の営、陣場、鉄砲場】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
立派な天守閣が建てられています(笑)
資料館の様ですが、(冬季間だから?)中には入れませんでした。
紀古佐美の東征の際に置かれた営所3箇所の一、
前九年合戦時の安倍氏の陣場、
そして藩政時代には衣川足軽の砲術練習の場となったそうです。
※【下衣川在所城門】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
移築されて現存する張山屋敷の表門。
↑の天守の前に移されていますがまがい物じゃないぞ!
【高館】

岩手県西磐井郡平泉町
有名な高館義経堂ですね。
何度か平泉には行っていますが初めて訪問しました。
200円取るのはどうかと思いますけどねー。
※【無量光院】

岩手県西磐井郡平泉町
復元されています←うそ
【伽羅之御所】

岩手県西磐井郡平泉町
現在は宅地となっており、一角に解説板が立つのみです。
【柳之御所】

岩手県西磐井郡平泉町
雪で全く判りませんでした(^-^;
居合わせたTV局のクルーも邪魔そうにしていたので、
ゆっくり見てる感じでも無かったんですよねー。
資料館が併設されていますが観覧は無料、
高館が200円でこっちが無料ってのも…。
【国衡館】

岩手県西磐井郡平泉町
平泉小学校の場所が国衡館跡とどこかで見た気がしたんですが…。
うっかりして毛越寺の門を撮影するの忘れた…(T^T)
【一関陣屋】

岩手県一関市
裁判所の場所が一関藩の藩庁です。
【一関城】

岩手県一関市
久しぶりの訪問です、あんなに段があったんですねー。
【有壁館】

宮城県栗原市(旧栗原郡金成町)
初めは大崎氏家臣後藤氏、菅原氏、
後に葛西氏家臣有壁氏の居館となりました。
【二桜城】

岩手県一関市(旧東磐井郡花泉町)
坂上田村麻呂の東征以来の城館だそうです。
現在は清水公園となっており、主郭部に土塁が見られます。
【田子谷館】

宮城県栗原市(旧栗原郡若柳町)
標柱には何の解説もありませんが、
現在も続く渋谷氏のお城だったとの事です。
お話を伺ったお父さんは分家の一つとの事、
色々と教えて下さいました(^-^)ノ
【武鎗城】

宮城県栗原市(旧栗原郡若柳町)
友人の埼玉県在住O野寺に写メを送ると約したために訪問。
こちらも10数年振りでしたが、標柱が腐って倒れてた…。
【石越在所】

宮城県登米市(旧登米郡石越町)
今回の遠征最後の訪問地、
くりでんに乗りに来た時に寄れずにがっかりしたので、
今回は是非来たかった場所です。
伊達氏に従った針生氏が、蘆名氏に復姓して居住した所です。
***
今回は伊達四十八館を訪問するための遠征で、
宮城県北部一帯と岩手県の一部を見るはずだったんですが…、
中心は平泉周辺になってしまいました(^-^;
新たに訪問したお城に限ってみれば岩手県92.3%宮城県7.7%の割合、
やっぱりわたしにとって計画というものは無意味でした(T^T)
まあ安倍一族関連の史跡も見たかったので、
収穫はかなり大きかったですけど。
次回はもうちょっと計画に沿って動く様にしたいですね(^-^;
やっぱり朝は非常に弱い私、
6時から断続的に目覚ましをセットしましたが、
行動を開始したのは8時半頃から…。
帰って来てから時間が勿体無かったなーと思うんですよねー。
***
【白鳥館】

岩手県奥州市前沢区(旧胆沢郡前沢町)
前夜、毎度おなじみの職務質問を受けたのですが(^-^;
わたしの「お城を見て回っている」という答えに対してその警察官は、
「じゃあ白鳥館は見ておいた方が良いよ」と教えて下さいました。
一般的には非常に珍しいケースなのでびっくりしました。
一般的には盛岡城くらいしかお城と認識していないでしょうからねー。
仙台の人間は「仙台城はお城が無いからなー」程度の認識だし。
※【長者原廃寺】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
平安時代の寺院跡とされていますが、
永く金売吉次の屋敷跡と伝承されていた様です。
【接待館】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
雪だらけでどこが何やら…。
藤原秀衡の母(安倍宗任娘)の居館とも、迎賓館とも言われています。
【衣川柵(並木屋敷)】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
安倍一族の本拠地、政庁であったとされています。
【琵琶館】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
安倍貞任の庶兄、安倍成道の居館。
【小松館】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
安倍貞任の叔父、良照の居館。
【泉ヶ城】

岩手県西磐井郡平泉町
藤原泰衡の弟、泉三郎忠衡の居館。
前九年合戦の際の業近柵ともいわれている様です。
現在は民家となっていて、「非観光地」と書かれた標柱があります。
ご迷惑をお掛けしているんでしょうね…。
【衣川関】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
丁度高速道路の橋梁の辺りらしい。
確証の無いまま雪道を進むのは結構怖かった(^-^;
※【張山古戦場】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
前九年合戦の古戦場。
【中の営、古戸古戦場】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
紀古佐美の東征の際に置かれた営所3箇所の一。
また前九年合戦の古戦場でもあります。
図書館(公民館?)の前なんですが、
伊達氏の在所の場所を訊きに伺ったら色々と調べて下さいました。
有難うございますm(__)m
【安倍館】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
忠頼、忠良、頼良三代にわたる安倍氏の居館。
頼良の代に衣川柵(並木屋敷)へと移ったとされます。
【張山屋敷】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
ここが伊達氏の下衣川在所なんでしょうかねー。
針生(蘆名)、長沼氏の時代には在所だった様ですが、
上郡山氏の時代には在郷になった様です。
【遠藤屋敷】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
こちらも伊達氏家臣遠藤氏の屋敷跡だそうです。
張山屋敷、遠藤屋敷ともに現在は宅地となっています。
【東の営、陣場、鉄砲場】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
立派な天守閣が建てられています(笑)
資料館の様ですが、(冬季間だから?)中には入れませんでした。
紀古佐美の東征の際に置かれた営所3箇所の一、
前九年合戦時の安倍氏の陣場、
そして藩政時代には衣川足軽の砲術練習の場となったそうです。
※【下衣川在所城門】

岩手県奥州市衣川区(旧胆沢郡衣川村)
移築されて現存する張山屋敷の表門。
↑の天守の前に移されていますがまがい物じゃないぞ!
【高館】

岩手県西磐井郡平泉町
有名な高館義経堂ですね。
何度か平泉には行っていますが初めて訪問しました。
200円取るのはどうかと思いますけどねー。
※【無量光院】

岩手県西磐井郡平泉町
復元されています←うそ
【伽羅之御所】

岩手県西磐井郡平泉町
現在は宅地となっており、一角に解説板が立つのみです。
【柳之御所】

岩手県西磐井郡平泉町
雪で全く判りませんでした(^-^;
居合わせたTV局のクルーも邪魔そうにしていたので、
ゆっくり見てる感じでも無かったんですよねー。
資料館が併設されていますが観覧は無料、
高館が200円でこっちが無料ってのも…。
【国衡館】

岩手県西磐井郡平泉町
平泉小学校の場所が国衡館跡とどこかで見た気がしたんですが…。
うっかりして毛越寺の門を撮影するの忘れた…(T^T)
【一関陣屋】

岩手県一関市
裁判所の場所が一関藩の藩庁です。
【一関城】

岩手県一関市
久しぶりの訪問です、あんなに段があったんですねー。
【有壁館】

宮城県栗原市(旧栗原郡金成町)
初めは大崎氏家臣後藤氏、菅原氏、
後に葛西氏家臣有壁氏の居館となりました。
【二桜城】

岩手県一関市(旧東磐井郡花泉町)
坂上田村麻呂の東征以来の城館だそうです。
現在は清水公園となっており、主郭部に土塁が見られます。
【田子谷館】

宮城県栗原市(旧栗原郡若柳町)
標柱には何の解説もありませんが、
現在も続く渋谷氏のお城だったとの事です。
お話を伺ったお父さんは分家の一つとの事、
色々と教えて下さいました(^-^)ノ
【武鎗城】

宮城県栗原市(旧栗原郡若柳町)
友人の埼玉県在住O野寺に写メを送ると約したために訪問。
こちらも10数年振りでしたが、標柱が腐って倒れてた…。
【石越在所】

宮城県登米市(旧登米郡石越町)
今回の遠征最後の訪問地、
くりでんに乗りに来た時に寄れずにがっかりしたので、
今回は是非来たかった場所です。
伊達氏に従った針生氏が、蘆名氏に復姓して居住した所です。
***
今回は伊達四十八館を訪問するための遠征で、
宮城県北部一帯と岩手県の一部を見るはずだったんですが…、
中心は平泉周辺になってしまいました(^-^;
新たに訪問したお城に限ってみれば岩手県92.3%宮城県7.7%の割合、
やっぱりわたしにとって計画というものは無意味でした(T^T)
まあ安倍一族関連の史跡も見たかったので、
収穫はかなり大きかったですけど。
次回はもうちょっと計画に沿って動く様にしたいですね(^-^;













